アーカイブ

‘幕末の人物’ カテゴリーのアーカイブ

幕末の気になる男たち(その3:幕末の四賢候)

2008 年 1 月 27 日 Masa コメントはありません

今日は篤姫がある、ということだけで、何だか楽しくなります。

幕末に関する、いろんな角度からの本がかなりの数出てきているので、単に書店での立ち読みだけでも、何かの発見があったりします。

最近よく聞くようになった言葉として、幕末の四賢候という呼び方があります。いったい誰かと思ったら、以下の方々で、よく集まってはミーティングをしていた、老中首座の阿部正弘ともつながりが深かった人たちです。

四賢候

動き

死因と年齢

山内容堂

土佐

大政奉還の建白書を出した。 あえて鯨海酔侯と自ら称して放蕩で抵抗した歴史もあり。

脳溢血 46歳

伊達宗城

宇和島

名伯楽として、高野長英、イネ・シーボルト、村田蔵六などに関係。

病死 75歳

松平春獄

福井

慶喜を将軍にと動いていた。横井小楠、橋本左内、坂本龍馬などとも繋がりあり。

? 64歳

島津斉彬

薩摩

薩摩藩の改革者であり、洋書の奨励などもあり、実は明治維新への陰の影響力大。

病死 50歳

ミーテイングはともかくとして、四候会議と呼ばれた会議には、斉彬なきあとの久光が出ていたということで、久光を四賢候に入れる説もあるようですが、歴史では久光はダメだったと描かれることの方が多いけど、実は以外と優れた人物ではなかったのか、ということも考えられ、もう少し調べる必要があります。

続きを読む…

カテゴリー: 幕末の人物 タグ:

幕末の気になる男たち(その2:篤姫からの連想)

2008 年 1 月 9 日 Masa コメントはありません

何かタイミング良く、大河ドラマは篤姫。これでまた幕末関係の本がドッと出るだろうと期待していたら、案の定、いろんな本が出てきているようで、私としては嬉しい限りです。

ここで幕末史に関する本を数冊読んでおくと、大河ドラマも数倍楽しめます。かく言う私も、大奥の内部事情についてはほとんど知らないので、興味津々。

篤姫(天璋院)と皇女和宮の確執や、彼女たちの役割については、勝海舟の、海舟語録 (講談社学術文庫)などに出ていたので、多少の興味はあったけれども、海舟語録は、当時の語り言葉で書かれているので、面白さは抜群でも、ちょっとわかりにくいところもあります。それを上手く解説してくれたのが、田安徳川家十一代の徳川宗英氏による、徳川300年ホントの内幕話―天璋院と和宮のヒミツ (だいわ文庫 H 88-1)

この本の中や、大河ドラマでも描かれる予定の人達の中には、非常に優れた人達がいたので、その中から数人を。

阿部正弘
ペリー来航時の幕府老中首座で、薩摩とも近づいたりしながら、かなり大胆な政治改革と政策をおこなった人。なのに歴史ではあまり注目されていなかったのを宗英氏によりしっかり描いてある、魅力多き人。もっと資料が欲しいところ。
島津斉彬
凄い名君であり、名伯楽でもあったが、なかなか藩主になれなかったのが残念。その後の活躍と産業の跡は歴史に多く残っている。海舟も会って感動したとか。
徳川慶喜
どうも歴史はこの人を無能だとか、劣っていたように描いていたが、そうではなかったらしいと私はずっと思っていたが、そのあたりを上手く表せるのは、徳川血筋の宗英氏が最適なのかも。海舟とも確執を含め深い繋がりがあります。
大久保一翁(忠寛)
阿部正弘に登用された彼自身も、海舟を見いだした名伯楽。弱者の立場も理解するバランス感覚に優れた人だったが、かなり先見の明があったことなど、あまり知られていない。幕末三舟とも深く関係していたはずなので、調べてみたい人。

続きを読む…

カテゴリー: 幕末の人物 タグ:

幕末の気になる男たち(その1:幕末三舟)

2007 年 12 月 11 日 Masa コメント 1 件

幕末というと、やはり新撰組の人気が高いようですが、私は幕府のことに凝り固まって殺戮に明け暮れた新撰組よりも、もっとグローバルな視点を持ち、日本の今後の進み方だとか、世界の中での日本とか、人を決して殺さずに能力を生かすとか、そんなことを考えて生きていた男たちの方が、よほど素晴らしいと思います(あ、でも決して新撰組の人気を否定しているわけではありませんよ)。

ということで、ここで何回かに分けて、幕末の気になる男たちについて、自分なりに書いてみることにします。


勝海舟は、以前、日本テレビの年末時代劇スペシャルで見てから気になっていて、すでに10数年、勝海舟という本があると知れば、まずは買って自宅で読むか、高すぎるか買いそびれたら国会図書館などの図書館に行って読むというのが、習慣化しています。

勝は色々やっていますが、やはり「一大共有の海局」を唱えての日本海軍の創設への貢献と、氷川清話を含む膨大な語録を残したことがいちばん大きいかな。咸臨丸でサンフランシスコに渡った話は有名ですが、斬りに来たはずの坂本龍馬が弟子になったり、西郷との会談決裂時に備えて、江戸に火を放ち市民を舟で避難させる段取りをつけていたり、福沢諭吉のやせ我慢の説での批判に、「行蔵は我に存ず、毀誉は他人の主張」と諭す痛快さなど、なかなかに面白い。

蘭学に端を発し、咸臨丸による渡米を通じて、幕府だの何だのという狭いものの見方から、日本人としてとか、世界の中の日本とかに変化したのは見事。

晩年は口が災いして、人をこきおろしたり大風呂敷を広げたり平気でするので、今に至るまで誤解されっぱなしの人ですが、頭も良かったし、江戸城無血開城だけではなく、間接的に人を育てたり、幕末の遺族を助けたりという目立たない活動もしていることも知っておくべきです。

海舟は、山岡鉄舟、高橋泥舟とともに、幕末三舟と呼ばれていますが、個人的にはこの3人を徹底的に調べることが出来たら、特に泥舟をもう少し理解できれば、幕末史の謎はかなりの部分が解けるのではないかと期待して、図書館に行くごとに、また別の観点から調べたりしています。

山岡鉄舟は、その境地というか、人間力のもの凄さでは、勝海舟も遠く及ばなかった、いわば真の達人とでも呼ぶべき人で、その生き様は、調べれば調べるほど面白く、また感動的であり、江戸城無血開城の陰の立役者、しかも真の立て役者として、私は大いに尊敬しています。

明治天皇の侍従だった時に、公務の休みを縫って三島の龍沢寺に通い、箱根で大悟して禅の号を持つ剣禅一如の人で、落語の三遊亭円朝も弟子だったり、清水次郎長と親交があったり、木村屋のあんぱんや、日本五大名飯の「忠七めし」の生みの親だったりとか、なかなかに面白い話には事欠きません。

高橋泥舟は、その生き様が清廉潔白であった槍の達人で、山岡鉄舟と義兄弟だったという他は、あまりに謎が多く、知るための文献・資料も少ないので、実は困っています。ローカルな図書館での資料やどこかの神社などの揮毫などは、鉄舟とともにかなりあるはずなので、そういったところから調べても面白いのかも。

三舟に共通して言えることは、書の達人だったことで、特に鉄舟は、あの弘法大師空海の書までも研究したというくらいなので別格です。

もしも彼らが現代に生きていたら…。

勝海舟は、サンフランシスコに渡るだけでは満足せず、その奥にあるシリコンバレーで大暴れし、日本人らしいハイテク企業を立ち上げてCEOになっているでしょう。弟子の坂本龍馬はケンカ別れしスピンアウトして別の企業をつくるが、なぜかいつも協業する仲の良さ。

防衛大臣にでもなっていたら、失言で真っ先に失脚かも。

山岡鉄舟は、真の日本と日本人の考えを、周辺諸国へも、西側先進国へも、開発途上国へも、分け隔て無くきちんと伝え、世界中から一目置かれる総理大臣。国会答弁なども激しく、でも相手を納得させてしまう論理性と説得力を持ち合わせ、理由はわからないが敵味方を問わずみんなが大好きになってしまう不思議な魅力を持った人。

宗教家になっていれば、禅を中心にした活動が注目され世界宗教者会議の代表に。

高橋泥舟は、国連の緒方さんの後任として、世界で最も尊敬される高等弁務官に。いざとなると山岡を助けるとともに、ユニークな視点から世界平和のためにつくします。

などと、一風変わった視点から幕末を学び味わってゆくと面白いかも。

追記:最近、比較的簡単に手に入る海舟と鉄舟の本としては、以下のものをお勧めします。


続きを読む…

カテゴリー: 幕末の人物 タグ: